1.自己紹介・研究概要
2.なぜ、着生植物について研究をしているのか
(1)生物多様性
(2)熱帯林
3.どのような調査をしているのか
(1)調査地
(2)ツリークライミング
(3)樹上の着生植物
4.タイの写真
私は、京都大学大学院 農学研究科 森林科学専攻 熱帯林環境学分野の修士課程2回生です。私の趣味はスポーツおよびスポーツ観戦で、中学、高校、大学と運動部に所属していました。これまでずっとスポーツを続けてきましたが、スポーツで鍛えた体が私の研究活動においてもとても重要な役割を果たしてくれています。
私の研究は、熱帯の木に登って、着生植物を調べることです。着生植物とは、他の植物の上で生育する植物の総称であり、例えば、コケ植物やシダ植物、ランが挙げられます(写真1)。熱帯の樹木の幹や枝は、日本の樹木とは異なりたくさんの着生植物に覆われています。
(1)生物多様性
「生物多様性」という言葉を聞いたことがあると思います。生物多様性とは、単に生物の種類が多いということを意味するだけでなく、それら生物の相互のつながりをも指し示します(※1)。地球上の生物種(生物の種類)の数についてはさまざまな推定がなされていますが、中には動物、植物、微生物などあらゆる生物を合わせると1億種になるという推定もあります。しかしながら、現在までに発見・命名されている生物種の数は、175万種です。つまり、地球上に存在していると推定される生物種のほとんどが、まだ発見されていません。
現在、地球上で6回目の大絶滅が進行していると言われています(※2)。過去の5回の大絶滅の原因については諸説ありますが、隕石の落下や太陽活動の低下など、自然の活動が原因と考えられています。しかし、今回は化学物質の使用や森林破壊などの人間の活動が原因となっています。
恐竜時代には1,000年に1種、1600~1900年には4年に1種、1900年代前半には1年に1種、1975年ごろには9時間に1種、1975~2000年には13分に1種の速度で生物が絶滅していた推測されています(※3)。1975~2000年における13分に1種という速度では、1年間で4万種が絶滅しているということになります。
以上のことから、地球上にはまだ発見されていないものも含めて数多くの生物種が存在しているにもかかわらず、それらは人間活動が原因で急速に絶滅しています。これが、地球の生物多様性が喪失しているという現状です。
※1.WWFジャパン.『特集「生物多様性」』.<http://www.wwf.or.jp/biodiversity/>(参照2014-1-10).
※2.National Geographic.『太古の世界』.ナショナルジオグラフィック公式日本語サイト.
<http://www.nationalgeographic.co.jp/science/prehistoric-world/> (参照2014-1-10).
※3.ノーマン・マイヤーズ.林雄次郎訳.(1981).「沈みゆく箱舟」.岩波書店.
(2)熱帯林
熱帯林とは、中南米・中央アフリカ・東南アジアなどの熱帯地域に発達した森林を指します。熱帯林の特徴を生物多様性の側面から見ると、熱帯林は世界の陸地面積の約6%であるにもかかわらず、そこには地球上の生物種の半分以上が生息していると考えられています(※4)。そのため、熱帯林は「生物種の宝庫」と呼ばれています。例えば、木本性植物(樹木)については、南米ペルーの熱帯林の中に設けた1 haの調査地から300種が見つかったと報告されています(※5)。
熱帯林の構造的な特徴は、小さな木から大きな木まで高さの異なる多様な樹木が生育していることです。これを「複層構造」といいます。中でももっとも大きな木は50~70mの高さがあり、およそ20階建てのビルの高さに相当します。
森林において、樹冠が集中する層を「林冠」と言います(図1)。樹冠とは、樹木の枝や葉が生い茂っている部分を指します。熱帯林の林冠はその高さと複雑な構造のために、長い間人間がアクセスすることができませんでした。1980年代から本格的に調査が始まりましたが、熱帯林の林冠部にどれだけの生物種が存在しているかは、未だにすべては明らかになっていません。そのため、熱帯林の林冠は「最後の生物フロンティア」と呼ばれています(※6)。
熱帯林の林冠を構成する樹木の枝には着生植物が非常に豊富に生育しており、樹皮が見えないほど覆っています。しかし、そのような着生植物についても未解明な部分が多くあります。どれくらいの種があるのか、どれくらいの量があるのか、どのように分布しているのかについては、まだ多くは分かっていません。私はこのような疑問を明らかにするために、研究を行っています。
※4.国立環境研究所.(2002).「熱帯林 - 持続可能な森林管理をめざして」.国立環境研究所の研究情報誌「環境儀」第4号.
※5.Gentry AH. (1988). Tree species richness of upper Amazonian forests. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 88, 156-159.
※6.Erwin TL. (1983). Tropical Forest Canopies: The Last Biotic Frontier. Bulletin of the Entomological Society of America, 29, 14-19.
研究というと、皆さんは化学実験などを思い浮かべるはずです。フラスコを持ったり、試薬を入れたりというのが、研究という言葉につながりやすいと思います。しかし、私の場合は、実際に熱帯を訪れて森林に生育する着生植物について調査をする「フィールドワーク」が中心です。
(1)調査地
温帯の日本には熱帯林がないので、東南アジアのタイで調査を行なっています。日本からは飛行機を乗り継いで丸1日かけて調査地があるタイ北部チェンマイ県のドイ・インタノン国立公園へ移動します。ドイ・インタノン国立公園は、タイ最高峰(2,565 m)のインタノン山を含む国立公園で、人の手があまり入っていない原生的な森林が保護・保全されています。国立公園の本部には管理事務所があり、公園職員やレンジャーが駐在しています。管理事務所の前にはキャンプ場もあり、特に年末年始にはたくさんのタイ人がキャンプをしにやって来ます。私たちは数週間、数か月単位で調査を実施するので、研究者のために作られた宿舎(フィールドラボラトリー)に宿泊し、そこを拠点として毎日調査地となる森林へ通います。フィールドラボラトリーには調査に必要な道具も置いてあります。
(2)ツリークライミング
着生植物が豊富な林冠部へは、ツリークライミングテクニックを用いてアクセスします(写真2)。要は、ロープを用いた木登りです。調査を実施する樹木にロープを引っ掛けて、器具を使いながらそのロープを伝って登ります。ツリークライミングテクニックの違いによってアクセスできる範囲が異なるので、2種類のテクニックを組み合わせてできるだけ広い範囲を調査できるようにします(図2)。
木に登る際には「ハーネス」という器具を着用し、その他にもツリークライミング用具や調査用具を身につけます(写真2)。このような合計で8 kg以上にもなる道具を身につけて木に登り樹上で調査を行うには、体力と筋力が必要になります(写真3)。これまでの部活動で養われた体力、筋力が、実際の調査を円滑に効率良く進めることに役立っています。
(3)樹上の着生植物
私が実際に調査をした樹木は、樹高(樹木の高さ)が約50 m、胸高直径(人の胸の高さにある幹の直径)は150 cmで、調査地の森林の中でもひときわ大きな木でした。調査木の枝はたくさんの着生植物によって覆われていましたが、枝によって生育する着生植物の種類が大きく異なります(写真4)。例えば、主にシダ植物に覆われている枝もあれば、コケ植物のみに覆われている枝もあります。このような枝ごとの着生植物の違いを明らかにすることは、着生植物の分布を知るために重要です。
調査木上の着生植物の重量を推定するために、枝上に生育する着生植物の一部を剥ぎ取りフィールドラボラトリーまで持ち帰りました。持ち帰った着生植物は種類ごとに分類した後、乾燥させて重量を測定しました。
調査データをもとにして調査木の樹形を復元し、樹体上での着生植物の分布を解析しました(図3)。多くの着生植物は樹冠部分に集中して生育しており、樹冠の内側にはシダ植物やランが多く、外側にはコケ植物が多いということが明らかになりました。また、調査木上には500 kgを超える重量の着生植物があると推定されました。これは、乾燥させて水分を全く含まない状態での重量であり、実際はこれよりもはるかに大きい重量の着生植物が樹木の上にあるということです。
ドイ・インタノンにある市場では、新鮮なフルーツやそれらを乾燥させたドライフルーツなどが売られています(写真5)。特に、ドリアンは匂いが強く嫌厭する人もいますが、一度口にするとその美味しさに虜になると思います(写真6)。しかし、その強烈な匂いがゆえに、どのホテルの入り口にも、“NO DURIAN”、「ホテルにドリアンは持ち込むな」との掲示がありました(写真7)。
チェンマイの街中には、たくさんの仏教の寺があります(写真8)。日本の寺とは異なり、建物が石造りで金の装飾が施されているなどの特徴があります。夜には有名なナイトバザールという夜市が開催されています(写真9)。ナイトバザールでは、服や置物、お菓子などのさまざまなお土産品の露店が立ち並び、買い物を楽しむ観光客で賑わいます。
このように日本とは異なる風景や文化に実際に触れられるということも、海外で調査を行うことの醍醐味のひとつだと思います。
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(講義日)
2012年6月30日
講師:中西晃 | |