京大知的好奇心学

人文科学分野 日本における森林 熱帯の木の上に広がる植物の世界 地球はエンジン?―活動の原動力を探る―
これまでの講義

日本における森林

 

目次

 1.自己紹介
 2.森林について
  (1)森林の定義・機能
  (2)戦後日本の森林
  (3)地球温暖化
  (4)森林・林業再生プラン
 3.木について
 4.私の研究紹介
  (1)研究の概要
  (2)タケの成長・繁殖・開花
  (3)実験方法・結果・考察
  (4)まとめ

 

1. 自己紹介

 私の肩書は、農学研究科 森林科学専攻 樹木細胞学分野 博士課程です。2006年に京都大学農学部 森林科学科に入学し、4年で卒業しました。2010年に京都大学大学院に入院し、いま3年目です。なぜこちらを選んだのかというと、森林に関する環境問題に興味があって、森林に関する分野を1番広くカバーしているのが京都大学だったからです。

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2. 森林について

 

(1)森林の定義・機能

 Wikipediaによると、森林とは「広範囲にわたって樹木が密集している場所」のことです。また、森林に関する法律によると、「木竹が集団して生育している土地およびその上にある立木竹」、つまり「土地とそこに生えている木」ということです。
 森林の機能としては、ひとつには「水源涵養機能」があります。これはスポンジ状の土壌に雨水を貯めて徐々に河川に流し、洪水を防いだり水質を浄化したりする機能(緑のダム)のことです。また、二酸化炭素を吸収する「地球環境保全機能」もあります。このような機能を、森林の有する「多面的機能」と呼んでいます。
 世界の森林面積は約40億haと言われています。陸地面積の3割、地球全体の表面積の1割が森林です。森林の減少率が高い地域は東南アジア(インドネシア・ミャンマー)やアフリカ(スーダン・ザンビア)などで、1位はブラジルです。

表1 森林面積が減少している国
表1 森林面積が減少している国
(出典:森林・林業学習館 http://www.shinrin-ringyou.com/forest_world/menseki_world.php 2012.8)
 

(2)戦後日本の森林

 日本の森林の占有面積は66%です。世界の平均(30%)と比較するとかなり高く、スウェーデン・フィンランドに次いで世界第3位の森林大国です。ここでは、占有面積66%に至るまでの、戦後からの日本の森林についてお話しします。
 1941年に始まった太平洋戦争の影響で、大量の木材・木炭が必要になり、多くの森林を伐採しました。その結果、大洪水が頻発もしました。
 1945年8月に終戦を迎えると、荒廃した林地への植林が緊急課題となりました。政府は伐採跡地への植林を一生懸命に進めました。とくに1950年代以降は、国全体で拡大造林政策をやりました。戦後復興と高度経済成長のため、建築用材の需要が高くなったためです。この時、成長の速い針葉樹を増やすため、もともと生えていた広葉樹まで伐採して、スギやヒノキの人工林を植えました。花粉症の最も大きい原因は、この時の針葉樹林の植林と言われています。
 このように一生懸命 植林活動を行いましたが、木は植えてから40~50年経たないと使えませんので、木材不足が続きました。そのため1964年には木材の輸入を完全に自由化し、足りない分を外材で補うことにしました。こうして不足は解消されましたが、同時に木材バブルも終わり、木材は高く売れなくなりました。また、山村で林業のような危険を伴う力仕事をしなくとも、都市に行けば、高度経済成長のおかげで仕事は沢山ありました。以上の要因が響きまして、若者は山村からいなくなり、国民の関心は山から離れていきました。
 その結果、今日では森林が劣化していると言われるようになりました。これは、間伐が行われないことが原因だと思います。間伐とは林業における作業のひとつで、込み過ぎた森林を適正な密度の健全な森林に導くために行う間引きのことです。まっすぐで均一な木材を生産するためには、絶対に欠かせない大切な作業です。

 

(3)地球温暖化

 間伐は、林業だけではなく地球温暖化防止にも関わってきます。
 1997年、先進国における温室効果ガスの排出削減目標を定めた「京都議定書」が採択されました。これは2008~2012年の間に、温室効果ガスの排出量を1990年と比べて、先進国全体で5%(日本は6%)削減するという取り決めです。
 産業活動によって出てくる温室効果ガスを減らすのも大切ですが、この議定書には、二酸化炭素を吸収する森林についても規定があります。CO2の吸収源として認められているのは、「新規植林」(過去50年森林ではなかった土地に植林)・「再植林」(1989年12月31日時点で森林ではなかった土地に植林)・「森林経営」(1990年以降 適切に整備されている森林)の3つです。

図1 京都議定書の森林規程
図1 京都議定書の森林規程
(出典:森林・林業学習館 http://www.shinrin-ringyou.com/ondanka_boushi/ok_ng.php 2012.8)

 日本では1950年代に植えつくしてしまったため、最初の2つは ほとんど関係ありません。つまり、3つ目の「適切に整備されている森林」だけが、地球温暖化防止のために重要な森林です。天然林は人間が手を加えなくても昔と変わらずCO2を吸収してくれますが、人工林はきちんと管理してCO2をうまく吸収してもらえるようにしなければなりません。

 

(4)森林・林業再生プラン

 現在、私たちの祖先が1950年代に植えた木が、40~50年経ってやっと使える時期に差し掛かっています。しかし山村は疲弊していますし、若者も林業につかないため、国も危機感をもちまして、適切な森林経営の下で国産材の需要を増やそうとしています。
 2009年、民主党の菅総理が「森林・林業再生プラン」を提出しました。これは当時26%だった木材自給率を、10年後には50%にすることを目標にしていました。最近の食料自給率のデータと比べてみましても50%がいかに高い値かお分かりいただけると思います。自給率を倍にするため、新しい機械を導入したり、林道を整備したりと、国も様々な政策をうっています。

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3. 木について

 「草本植物」である草に対して、木は「木本植物」といいます。木は多年生植物なので、複数年にわたって生きます。細胞壁で形作られ、頂端分裂組織によって伸び、樹皮のすぐ下にある形成層帯のおかげで太ります。木の構造は、樹冠・幹・根の3つに分けられます。幹を輪切りにすると、中心に色の濃い心材、その周りに薄い色の辺材があります。さらにその周りに形成層帯、1番外側は樹皮でおおわれています。

図2 木の構造(講師作成)
図2 木の構造(講師作成)
図3 木の組織(講師作成)
図3 木の組織(講師作成)

 木材として使うときには、切り方によって名称が変わります。例えば幹を地面と平行に切った時に出てくる面は、木口面と呼びます。板目面は、年輪の接線に対して縦に切った時に出てくる面のことで、柾目面は年輪の半径に向かって引いた線を、縦に切った時に出てくる面のことです。
 木の種類には、大きく分けると針葉樹と広葉樹の2つがあります。同じ木というカテゴリーにある両者でも、電子顕微鏡で細かい構造を調べると全然違うということです。例えば広葉樹は道管という穴が開いていますが、針葉樹には道管がなく、代わりに仮道管と呼ばれる組織があります。こうした構成組織の違いのほかに、構成成分にも違いがあります。
 森林科学の中の樹木細胞学という分野では、細胞レベルの写真を撮ったり、電子顕微鏡を使ったり、化学分析をしたりといった、樹木や木材についてのミクロな視点での研究をおこなっています。

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4. 私の研究紹介

 

(1)研究の概要

 これまで木について話してきましたが、私の研究の主題は「タケ」です。タケとは、イネ目イネ科タケ亜科のうち、茎が木質化する種のことです。タケはイネの仲間なのです。モウソウチク・マダケ・ハチクが、日本3大有用竹として挙げられます。植物学的に説明するときはカタカナで「タケ」、栽培や利用を目的として説明するときは漢字で「竹」と書きます。
 最近、竹林の拡大が問題視されています。里山や造林地に竹が侵入しているのです。竹材の需要が減少している上に、中国などからの竹材が輸入されているため、国産の竹が余って邪魔者扱いされています。1番の原因は、人間が竹を使わなくなったことにあると思います。竹材の利用を促進し、これらの問題を解決することが、私の研究における大きな目標です。
 竹材の利用を促進するためにはまず、タケについて知らなければいけません。竹材は虫やカビが好きなデンプンを多く含んでいるため、木材に比べて劣化しやすいと言われています。そこで、タケに含まれるデンプンなどの糖質について調べれば、竹材の利用促進につながるかもしれないと考えました。
 私が研究の試料として選んだのは、モウソウチクです。モウソウチクは日本原産ではなく、江戸時代に中国からやってきた帰化植物で、今では国内のタケの中で最も大きくなる種です。みなさんの食卓にのぼる筍は、大体がこのモウソウチクです。

 

(2)タケの成長・繁殖・開花

 タケは成長が速く、タケノコとして地上に顔を出してから3か月で青竹になります。タケは3か月で成竹の大きさにまで成長します。
 1日で120cm伸びたタケの記録もあります。タケの節ごとにある成長帯がそれぞれ伸びるので、トータルでかなり成長するのです。例えば、提灯を引き上げるときに1個1個の蛇腹部分が伸びるイメージです。
 タケは地下茎によって繁殖します。地下茎は、「単軸型」「連軸型」「混合型」の3つに分けられます。「単軸型」では、細長い1本の地下茎からタケノコが出てきて大きなタケになります。日本のタケはほとんどがこの「単軸型」です。

図4 短軸型
図4 短軸型
(出典:内村悦三 創森社 タケ・ササ図鑑 2005.4)

 対する「連軸型」では、細長い地下茎を伸ばすことはありません。「株立ち」といって、1本のタケの根元から次のタケが生えてくるので、1つの場所に密集します。このようなタケは、熱帯に多く生息しています。最後に「混合型」は、細長い地下茎を伸ばすうえに、根元からも新しいタケが生えてきます。

図5 連軸型
図5 連軸型
(出典:内村悦三 創森社 タケ・ササ図鑑 2005.4)
図6 混合型
図6 混合型
(出典:内村悦三 創森社 タケ・ササ図鑑 2005.4)

 タケも植物なので花を咲かせますが、開花までの期間が非常に長い種類があります。種を蒔いてから花が咲くまでに、マダケでは120年、モウソウチクは67年という説があります。モウソウチクの開花周期に関してはわかっていないことが多いのですが、マダケの開花周期が120年ということはほぼ間違いないといわれています。なぜかというと、1965年に日本も含めて世界中のマダケが開花したのですが、開花するとタケの一生は終わってしまうので、地下茎から地上に出た部分までが、すべて枯れます。つまり、マダケが世界中で一斉に開花して枯死してしまいました。マダケは120年で開花する不思議な生き物なのです。
 以下の写真がタケの花で、イネの花に似ています。下にたれているのがおしべです。めしべは付け根にあるので見えません。私がやっているモウソウチクの花は左上です。

写真1 タケの花
写真1 タケの花
(出典:Bamboo Home Page  http://www.dkakd107.sakura.ne.jp/D14.html 2012.8)
 

(3)実験方法・結果・考察

 ところで、タケは木と違って肥大成長を行いません。太るために必要な形成層が存在しないのです。では、どんな構造をしているのでしょうか。
 タケを輪切りにすると、パンジーの花のような維管束(道管・師管)が散在しています。これにヨウ素液をかけると、維管束の周りの柔細胞が真っ黒に染まり、かなりの量のデンプンが含まれていることがわかります。私は竹材の利用を促進するためにタケのデンプンについて調べていたので、まず月ごとにタケに含まれるデンプン量のデータを取るところから始めました。

写真2 タケの組織構造(講師撮影)
写真2 タケの組織構造(講師撮影)

 こちらが採取したタケをヨウ素液で染めたものです。黒い部分がデンプンですが、こうして比べていただくと、月毎に含有量が異なります。11月はほぼデンプンがありませんが2月はデンプンが多いです。写真を見るだけでも、1年を通して月ごとにデンプン量は変化していることがわかります。

写真3 デンプン量の変化(講師撮影)
写真3 デンプン量の変化(講師撮影)

 次に化学分析を行いました。横軸が月です。冬は高い含有量ですが、夏にかけて下がっていく、そうして1年の間に変動しているのではないかと考察できる図です。

表2 化学分析の結果(講師作成)
表2 化学分析の結果(講師作成)

 実験から得た考察をお話しします。昔からの慣例として、モウソウチクには切り旬が設けられていました。切り旬に取ると、虫がつきにくく良い竹材になると言われていて、竹屋さんは夏の終わりに竹を採取していました。先ほどの実験結果と合わせて考えると、デンプンが少ない時期がこの切り旬と一致しています。竹屋さんは化学分析なしに、慣例的に理に適ったことをしていたのだと、この実験からわかりました。

 

(4)まとめ

 今回の化学分析では、季節によってデンプン量が変化していることが明らかになりました。つまり細胞内では、デンプンのもととなる糖がどこからかやってきて、デンプンに変えられ、なくなっている。ということは、デンプンが糖に変えられてどこかに送られるというメカニズムがあるはずです。今後はその点について、顕微鏡を使いながら解明していきたいと思います。
 ここまで木や森林のことをお話ししましたが、1番伝えたかったのはタケについてです。この先 みなさんは、タケに関してあまりいい噂を聞かないかもしれません。森林に入ってきて邪魔な奴らであるとか、根が強くてしぶといとか。
 でもタケにはいい特徴もありまして、成長が早いというのは木材にない利点です。竹がなかったら、日本の文化は語れない面が多いと思うのです。京都で有名な建築にも竹が使われていますし、竹がなければ日本文化は成り立たなかったとまで主張したいです。悪いところもありますが、竹だけを責めるのではなく、侵入される側の問題――里山や造林地の管理をきちんとやったうえで、考えていかなければと思います。
 今後、皆様が竹について嫌な噂を聞いた際に私の講義を少しでも思い出して、タケにも良い所があるのだと思ってくださったり、またそんなタケに興味を持っていただけたら非常に嬉しいです。

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(講義日)
2012年10月20日

プロフィール画像 講師:塩田彩
京都大学農学部森林科学科 卒業
京都大学大学院農学研究科

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