京大知的好奇心学

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学びの実学と哲学

 

目次

 1.はじめに
 2.滋賀県高島市針江の事例
  (1)カバタとは
  (2)注目されたカバタ
  (3)地域でカバタを守ろう
 3.長野県長野市松代の事例
  (1)城下町松代をかけめぐる水路
  (2)文化を守り継ぐために
 4.2つの事例から
 5.大学で何を学ぶのか

 

1. はじめに

 こんにちは。京都大学大学院の人間・環境学研究科というところで勉強しています、今川世詩子です。はじめに、簡単に自己紹介をしたいと思います。
 私は、京都大学の文学部に入学しましたが、途中で勉強したいことが変わり、総合人間学部という、様々な学問分野を横断的に学ぶことが出来る学部に転学部しました。学部時代の4年間は、面白そうだなと思った授業を分野にこだわらず受講し、何を自分のテーマにしたいのか考えていました。そうする中で、「まちづくり」への興味が大きいことに気づきました。興味のあるテーマが定まった今は、大学院でして、滋賀県長浜市のまちづくりについて研究しています。
 今日お話しする内容は、まちづくりとも関係があります。このテーマを選んだ理由は、人々と水とのかかわり方が、景観に表れている地域について考えてみたかったからです。
 内容に入る前に、まず私たちの暮らしと水について、みなさんに考えてもらいたいと思います。
 水を、自然の中・風景の中にある水と、暮らしの中で使っている水の2つに分けて考えてみましょう。上下水道が普及している現在、この2つの水のつながりは、暮らしの中では直接的に見られることが少ないと思いますが、実際、私たちが使っている蛇口の水は、自然の中の水が元ですよね。ですが、蛇口・上下水道を介することで、暮らしの中で自然の中の水を使っているという感覚が、薄れてしまっているのではないでしょうか。

 ここで、暮らしと水とのつながりが景観に表れている地域を2つ取り上げてご紹介したいと思います。
 1つ目は滋賀県の高島市新旭町の針江、もう1つは長野県長野市の松代です。

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2. 滋賀県高島市針江の事例

 1つ目の事例、滋賀県の針江について紹介します。
 滋賀県の湖西に、高島市というところがあります(図1)。市の中ほどを、安曇川という川が流れており、針江地区はこの安曇川の扇状地に位置しています(図2)。針江地区は、ほぼ真ん中に、針江大川が流れている、水に恵まれた地域です(図3)。

図1 滋賀県高島市針江地区(GoogleMapに講師加筆)
図1 滋賀県高島市針江地区(GoogleMapに講師加筆)
図2 高島市を流れる安曇川(同上)
図2 高島市を流れる安曇川(同上)
図3 針江地区と針江大川(同上)
図3 針江地区と針江大川(同上)

 この自然の水に恵まれた地域で、人々が、暮らしの中でどのように水と接しているかを見ていきましょう。
 針江の真ん中を流れる針江大川は、人々の暮らしと深く関わってきました。昔は電車や車がなかったので、琵琶湖から船で運んだ荷物を、針江大川を遡って各家に運んでいたのです。そして、この地域に特徴的な水場に、カバタがあります。この辺りは扇状地であることもあって、伏流水が豊富な地域です。その地下の水をくみ上げて、水道のように使っているのです。カバタは、水が豊富な他の地域にもあり、地域によってミズヤ、カワトなど色々な呼び方があります。この地域では、漢字で川端と書いてカバタと呼んでいるのです(図4)。
 また、洗い場というものがあります(図5)。針江大川から、針江の中を縦横無尽に水路が走っています。その水路の溜まり場に設けられているのが洗い場です。みなさんは、洗濯や洗い物をするときは、はキッチンのシンクや洗濯機を使っていますよね。でも、昔は食器や衣類などを洗い場に持って行って、ご近所の人たちと話しをしながら洗っていました。洗い場は色々な情報が飛び交う社交の場でもあったんですね。

 

(1)カバタとは

図4 カバタ(講師撮影)
図4 カバタ(講師撮影)
図5 洗い場(同上)
図5 洗い場(同上)
図6 外カバタ(同上)
図6 外カバタ(同上)

 カバタについて詳しく見ていきましょう(図4)。カバタでは、地下の伏流水をポンプで吸い上げて、上水道のように流しています。そしてもうひとつ、家の外を流れている水路を引き込んで水路の水も使っています。この2種類の水をうまく使い分けています。
 どういう風に使い分けているかというと、まず地下から吸い上げた水を元池というところに落とします。地下からくみ上げたばかりの1番きれいな水です。この水を飲み水や煮炊きに使います。元池の水は、外側の一回り大きな壺池に落ちます。壺池の水は野菜や茶碗などの洗い物用に使います。さらにその外側に端池というのがあって、この端池が水路とつながっており、水の行き来があります(図6)。端池には食器などを洗った水を流すのですが、ただ流すのでは水路が汚れてしまうので、鯉や鱒を飼って残飯や汚れを食べて水をきれいにしてもらっています。端池の水は、水路を通ってまた他の家のカバタに流れ込んでいきます。町のなかで水を循環させるシステムが出来ているんですね。家で使った水がまた違う家に流れていくということで、上流の人は、下流の人のことを考え、きれいに水を使うように心がけますし、下流の人は上流の人が大切に水を使ってくれていると信頼して、また大切に水を使う、2つの心から針江の水路の関係が成り立っているのではないでしょうか。
 先ほど、カバタのおおまかな構造を見てもらいましたが、このカバタには2つの形態があります。1つは外カバタというもので、これは住んでいる家から離れて、用水路の近くに設けられているものです(図6)。家の外に外カバタを覆う建物が立っていて、家の外にある台所のような形になっています。そして、住居の一部として台所の近くにあるものが内カバタです。針江では、この2つのカバタを家によって使い分けています。
 町の中を歩いていると、川のそばでおしゃべりをしたり、子供たちが水の中で遊んでいたりという風景を見ることができます(図7)。水路の周りの環境の美化にも努められていて、花で彩られた水路など、地域の人たちの心があちこちに見られます(図8)。

図7 町を流れる水路(講師撮影)
図7 町を流れる水路(講師撮影)
図8 水路に沿って植えられた花(同上)
 図8 水路に沿って植えられた花(同上)
 

(2)注目されたカバタ

 針江の水路、カバタは、今では注目されていますが、上水道が普及によって、便利で、きれいで、衛生的な水が蛇口をひねるだけで出てくるようになると、次第に使われなくなっていったそうです。
 しかし、1つのテレビ番組をきっかけに、カバタが見直されるようになりました。針江地区の水路やカバタが紹介されたことで、地域の外の人から注目されるようになったのです。一方で、今までと一変し、針江に大勢の観光客が来るという問題が起こりました。そこで、番組をきっかけに見直されたカバタをきれいな元の姿に戻すと同時に、カバタを見に訪れた観光客と地域の人々がうまく付き合えるよう、針江生水(しょうず)の郷(さと)委員会が、地元の有志の方々によって結成されました。

 

(3)地域でカバタを守ろう

 針江生水の郷委員会は、主にカバタ文化を守り伝える活動を続けておられます。見学に来られた方々に、ここは観光地ではなくて、人々が水とともに生活している町であることを伝え、一方で来ていただいた方を、有志のガイドがついて案内するという取り組みをされています。カバタは各家のものなので、勝手に見られるのは困るけれど、カバタという良い文化は伝えたいということで、事前に申し込んで頂いてガイドを伴ったツアーを実施しているのです。外の方々にもカバタを知ってもらえるし、地域の人にも、地元の人が一緒にいるので安心して見せてあげられるということで、うまく外からきた方と付き合うことができているのです。
 針江生水の郷委員会がメインになって始まった取り組みは、今も様々な活動へと広がりを見せています。例えば、水車をつくって水路と親しむ環境をつくる取り組みや、近年下水が整備された時につけられた下水道の通気口を、家の形と合わせた形にデザインし直して、水を取り巻く景観を一緒にきれいにしていこうといった取り組みも進んでいます(図9)。
 また、情報発信にも力を入れられています。空き家を一軒借り上げて、生水の郷の生活を体験してもらう宿泊施設として公開しています(図10)。

図9 水車(講師撮影)
図9 水車(講師撮影)
図10 生水の郷の生活を体験できる宿泊施設(同上)
図10 生水の郷の生活を体験できる宿泊施設(同上)

 一時、カバタがほぼ使われなくなって水が汚れてしまうということもありましたが、生水の郷委員会が出来たことをきっかけに、カバタの水を使って豆腐を作るなど、各家で多様な使い方をされるようになっています(図11、12)。
 カバタという文化は、使っていることによって守られているし、景観にも馴染んでおり、外から来た人にもいいなと思ってもらえるのだと思います。地域全体で水を守り、ともに暮らし、そしてその暮らしを外に伝える――針江は、そういうことを大事にしている地域だと思います。

図11 お豆腐屋さんのカバタ(講師撮影)
図11 お豆腐屋さんのカバタ(講師撮影)
図12 家庭のカバタ(同上)
図12 家庭のカバタ(同上)

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3. 長野県長野市松代の事例

図13 長野市(GoogleMapに講師加筆) 
 図13 長野市(GoogleMapに講師加筆) 
図14 長野市松代(同上)
図14 長野市松代(同上)

 1つ目の事例では、水に恵まれた地域を紹介しました。今度は、あまり水に恵まれていない地域での、水との付き合い方を、長野県の松代を事例に見ていきます。
 松代は、長野市の中央を流れる千曲川左岸に位置する城下町です(図13、14)。 1560年頃、武田信玄が海津城(今の松代城)を築き、城下町を建設したのが松代の始まりといわれています。1596年~1615年の間に街並みが形成されていきました。そのあと、真田氏が城主となり、町は大きくなっていきました。

 

(1)城下町松代をかけめぐる水路

図15 松代を挟むように流れる2つの川(GoogleMapに講師加筆)
図15 松代を挟むように流れる2つの川(GoogleMapに講師加筆)
図16 3つの水路(長野市教育委員会『庭園都市 松代―伝統的建造物群保存対策調査報告書』(1982年、p.7)の図表に講師加筆、写真は講師撮影)
図16 3つの水路(長野市教育委員会『庭園都市 松代―伝統的建造物群保存対策調査報告書』(1982年、p.7)の図表に講師加筆、写真は講師撮影)

 松代は2つの川に挟まれており、関屋川の水が流れている地区と、神田川の水を使っている地区があります(図15)。もともと水量があまり多くない2つの川の水を、3種類の水路に分けて町に流しています(図16)。ひとつはカワ、道路のわきに流れている水路です。ひとつはセギといって、畑の裏を流れている農業用水路のようなものです。そして、ひとつは泉水路というこの地域に特徴的な水路です。泉水というのはお庭にある池のことで、泉水路は、各家のお庭の池同士をつないでいる水路です。ひとつの水を各家で回して使っている仕組みは、先ほど紹介したカバタに似ていますね。この泉水路をどう使っているかというと、飲用水ではなく、洗い物に使ったり、防火用水として使ったり、養鯉などの産業に使ったりしていました。実際、今でも武家屋敷の門をくぐると中に庭があり、泉水があります。この泉水の水が泉水路を通ってまた他の庭に流れていくという、循環の仕組みが今でも残っているのです。

 

(2)文化を守り継ぐために

 今残っている水路というのは何も手を入れずに残っているわけではありません。 カバタが上水道の普及によって使われなくなって放置されたり、水が汚れてしまったりということがありましたが、松代でも便利な上水道が普及すると、泉水路が使われなくなっていきました。また、洗濯物や食器を洗う時、洗剤を使うようになったことから、泉水路の水の汚染が起こりました。
 これではいけないと、まず水の浄化の取り組みが行われました。泉水路をはじめとする水路は、この地域特有の文化で、暮らしと水のつながりが見える大事なものです。カバタでは、残飯などを鯉に食べてもらってきれいにしていましたが、ここでも水路に鯉を放すことで、水きれいにしてもらい、また生き物を水路の中で飼うことで、水をきれいに保たないといけないと人々が心がける環境づくりをしました(図17)。同時に、水路のゴミや泥をさらうなど、鯉に頼るだけでなく、自分たちでも川をきれいにしていこうという活動を続け、鯉が泳ぐ姿が見られる、水がきれいな状況まで水路を復活させたのです。一度衰退の危機に瀕した時に地元の人が水路を守りたい、受け継ぎたいと努力した結果が今のきれいな水路なのです(図18)。

図17 カワに放された鯉(講師撮影)
図17 カワに放された鯉(講師撮影)
図18  清掃されているきれいなカワ(同上)
図18 清掃されているきれいなカワ(同上)

 こうして回復した水路を、さらに地域の外に発信していこうということで、特定非営利法人(NPO)が結成されて、お庭拝見ツアーを実施しています。泉水路は個人宅の敷地内にあるので、地元の人が仲介することで家の方も安心してお庭を見せられます。
 また、水そのものを保存するだけでなく、町もきれいにしていこうということで、伝統的な街並みを、水路と合わせて保存していこうという活動に発展しています。松代を訪れると、伝統的な瓦屋根が並んでいたり、武家屋敷の門が並んでいたり、そういう街並みを水路と合わせて見ることができます。
 いったん汚れたり、なくなったりした泉水路が、地域の人々の努力によって、新たに作り直されたり整備され、今、こういったきれいなお庭や水路、街並みを見ることができるのです。

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4. 2つの事例から

 ここまで、針江と松代、2つの地域を見てきました。この2つの地域に共通することは、まず、水の豊かさや、地域の特性(農村、城下町)によって、その地域らしい水の形があるということです。そして、その地域らしい水との暮らし方が受け継がれていることも、針江、松代の特徴といえるのではないでしょうか。針江では、カバタの水で手や顔を洗ったり、野菜を洗ったりする人々を見て、こういう風に水と暮らしているんだなということが見えました(図19)。松代も限られた水を皆で使っていることが、きれいな庭に流れる泉水路から見て感じ取ることができました(図20)。こうした水との暮らしを、地域の中で守るだけではなく、外に伝えていることが、また大事なのではないかと思います。

図19 針江のカバタ(講師撮影) 
図19 針江のカバタ(講師撮影) 
図20 松代の泉水(講師撮影)
図20 松代の泉水(講師撮影)

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5. 大学で何を学ぶのか

 大学は、高校とは違ってカリキュラムが自由で、何を学ぶのかは、自分次第です。私がお話ししたことも、自分が興味をもって現地に見学に行った体験をもとにしています。もちろん、大学で与えられる授業というのも大切ですけれど、自分から何か興味のあるものを探して、大学の外に出ていくということも大事なのではないかと思います。
 もちろん、好きなことを勉強すればいいと思います。ある程度勉強する科目や内容が決まっている高校の授業と違い、大学は自分の好きなことを勉強できるところです。高校での勉強は、大学で好きなことを勉強するための、自己投資ではないかと私は思います。好きなことが見つかっても、国語とか数学といった基礎知識がなかったり、勉強の仕方がわからなかったりすると、好きなことを勉強するのが難しいと思います。勉強は面白いことだけではないですが、みなさんには今できることとして、頑張ってほしいと思います。そして、みなさんが興味をもって取り組めるテーマをたくさん見つけてください。

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(講義日)
2011年11月12日

講師:今川世詩子
石川県立小松高等学校 卒業(2006)
京都大学 総合人間学部 卒業(2010)
京都大学大学院 人間・環境学研究科 修了(2012)

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